それでも朝日は昇る 11章11節

 暗闇の中を、蝋燭を手に城から脱出した人々は進んでいく。荒い呼吸と足音が、狭い隧道の中に木霊する。
 追手を警戒しながら最後尾を進んでいたリワードは、不意に足を止めた。
 隣を走っていたマリーが突然、立ちどまったからだ。
「どうした、マリー?」
 マリーは訝しんで問いかけるリワードに、意を決して言う。
「リワード、戻って。今ならまだ間に合う」
 異常を察して、戻ってきたベリンダに、マリーはしっかりとした声で告げた。
「ごめん、ベリンダ、先に行ってて。私なら大丈夫だから」
 蝋燭の仄かな明かりの中でも、彼女が決意を顔に浮かべているのは見て取れた。だからベリンダは黙って頷くと、身を翻して先へ急ぐ。
 二人きりになったのを確かめると、マリーは険しい口調で言った。
「私のことなら大丈夫だから、城に戻って。そして騎士としての道を全うして」
「マリー……だが」
「今行かなければ、リワードは必ず後悔する! どうして最後まで団長のそばにいられなかったんだろう、どうして誓いを最後まで遂げることができなかったんだろうって、ずっと悔やみ続けることになる! 私、そんなあなたの姿は見たくない。あなたにそんな思いをさせてまで、守ってほしいだなんて思わない!」
 マリーの叫びに、リワードは沈黙した。
 脳裏をよぎったのは、遠い日のこと。広場で斬首された父と兄の姿。自分の方を真っ直ぐ見た、あの呪うような、恨むような眼差し。
『捨てる命ならば、俺に預けろ。この泥の中で腐っても一生、恥を忍んで這い上がっても同じ一生だ。同じ命ならば、いっそ賭けてみたらどうだ』
 戦場の泥溜まりの中に沈んでいた自分を掬い上げ、そう告げたフィリスの顔。
 そして危険を顧みずに自分を追いかけ、ずぶ濡れになって貧民街を探し歩いていたマリーの姿。
「俺は……」
 ぽつり、と呟きがもれた。固めた拳が震えた。迷う心の針は、たやすく左にも右にもぶれる。がくん、がくん、と音さえたてて振れる。
 確かにマリーの言う通りだった。この後生き続ける中で、きっと自分は振り返り続けるだろう。悔やみ続けるだろう。今日のことを――この一瞬のことを。
 けれども――。
「リワード!」
 癇癪を起こしたような、訴えかけるようなマリーの叫びが響いて。
 そして。
 リワードは己の肩に手を伸ばすと、留め金を引きちぎった。ばさり、と音をたてて地に落ちたのは、緋色のマント――騎士団員の証。
「行こう!」
 マリーの手を掴み、リワードは促す。人々が進んだ先へ――城から遠ざかっていく道へ。
「……うん」
 手を取り合った恋人たちは、隧道を駆けていった。

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