それでも朝日は昇る Ending(5)

 そしてそれから百何十年という膨大な月日が過ぎ去り、王の御前に一人の博士が召された。
 名をルオーシュ・リメンブランスという。
 王クレメンタインは長い沈黙の後に、こう問いかけた。
「博士、そなたの息子を余に寄こさぬか?」
 その言葉に、博士は即答できなかった。何をどう告げるべきか悩み、やがて口を開く。
「恐れながら申し上げます、陛下。私の息子は、心を病んでおります」
 博士は己の恥とも言うべきことを、正直に語った。
「私たち夫婦はお互いで解決しなければならないひずみを、息子に全てぶつけてしまいました。周囲の大人の身勝手が、あの子の心をずたずたにしました。あの子は、己の中に閉じこもることでしか己を守れない子供です。ですから、ろくに他人と話すことも、関わることもできない……そんな息子を王女の下に差し上げても、何のお役にも立てません」
 床に落とされ、さまよう視線。
「そして私はこれ以上、息子を私の――大人の都合で振り回して、傷つけたくありません。……申し訳ありませんが、どうぞ、この話、ご容赦ください」
「そなたの息子に何があったのか、そして今どんな状態であるかは、全てコーネリア・シュネーリヒトから聞いた。その上でコーネリアはそなたの息子が――カイルワーンが、ほしいと言ってきたのだ。そして余も、そなたの息子がいい、そなたの息子でなければならないと思っている」
 あまりにも意外な王の言葉に、博士は愕然として、問うた。
「……なぜ、でございますか」
「余の娘は――アイラシェールは、親に見捨てられた子供だ」
「陛下、そんなことは」
「博士、気をつかわなくてもいい。それが事実だ。シェリー・アンはあの子のことを認めようとせず、自分の中に逃げ込んだ。そして余はあの子をこの手で守ることもせず、己から遠ざけた。どんなに言葉を繕っても仕方がない。あの子はいずれ、己が見捨てられた子供だということに気づくだろう。そしてそのことに苦しむだろう」
 一人の父親の苦悩を浮かべ、クレメンタイン王は語る。
「そなたの息子も、心に同じ痛みを抱えている。そなたの息子と、余の娘は、お互いの痛みを理解することができるだろう。そして、それぞれ傷ついているからこそ、お互いを思いやり、痛みを分かち合うことができるだろう。そうやって分かり合い、支え合いながら二人で生きていくことができるのならば、それは幸福なことではないかと、余は思うのだ」
 王のこの言葉に、リメンブランス博士は深々とこうべを垂れ、震える声で答えた。
「勿体ないお言葉にございます……」
 そして、博士の息子、カイルワーン・リメンブランスは、『赤の塔』に連れてこられた。
 他人に怯え、身をすくませる彼に、コーネリアはその目線に降りると、優しく告げた。
「あなたに会わせたい人がいるの」
 手をつないで登った階段。そして扉は開かれる。
「アイラシェール」
 コーネリアの声に、アイラシェールは振り返った。真っ赤な目が入口に立つ二人を――カイルワーンを認め、そして。
 彼女は笑う。暗闇の中から初めて光を見いだし、泣き出しそうになりながら。
 ずきり、と痛む胸を、カイルワーンは押さえた。
 アイラシェールは立ち上がる。そして何も言わず、カイルワーンの胸に飛び込んだ。
 胸に顔を押し当て、泣く子供に、その肩に、カイルワーンは手を回した。
 何も知らない。何も覚えていない。それでも。
 たとえ、それでも――。
 カイルワーンは、アイラシェールの小さな体を、まるで宝物を扱うように、そっと、そっと抱きしめた。
 光が薄く差し込むその小さな部屋で、そっと抱きしめた――。

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