それでも朝日は昇る 4章2節

 夕暮れ時。『粉粧楼』の扉を開けると、にぎやかな声がどっと押し寄せてきた。今日もまた一際混み合っているようだ。
 『粉粧楼』はレーゲンスベルグでは隠れた名店として知られていた。安い金額で、なかなかの料理と酒を楽しめる店として、労働階級に特に人気がある。
 カイルワーンも頻繁にこの店を訪れるようになっていた。
「よう、カイルワーン。仕事は上がりか?」
 一角のテーブルから声がかけられた。この店の常連であるカティスの傭兵仲間たちは、今日もささやかな酒肴を並べて酒を酌み交わしていた。
「一杯どうだ?」
 差し出された赤ワインのグラスを遠慮なく受け取ると、辺りを見回してカイルワーンは聞いた。
「カティスは?」
「あいつなら、遊びにいった」
 ブレイリーの言葉に、カイルワーンは呆れてため息をついた。
「また? 明日プスタまで人足になりに出かけていくっていうのに」
「よく金が続くよと、俺なんかは思う」
 ここでいう「遊び」は女遊び以外の何物でもなく、カティスの馴染みの娼館はレーゲンスベルグだけでも十はくだらない。馴染みの娼婦ときたら、一体何人いるのか誰にも判らない――進んで判ろうとする者もいないが。
 それでもどの娼婦にも不実と恨まれないところがカティスの凄いところだ、と仲間内ではささやかれている。
「だから始終人足しに出かける羽目になるんだっていうのに」
 カティスの懐が寂しくなるのは、飲み代もあろうが、娼館への払いのせいに他ならない。だからこそカイルワーンは呆れずにはいられないのだ。
 それにしても、とカイルワーンは内心で呟いた。女遊びが好きだ、ということを非難する気は彼にもない。ただ不思議に思うことはある。
 即位後のカティスの宮廷には、後宮がないのだ。ロクサーヌ朝で歴代後宮が設けられなかったのは、範たるこの英雄王に倣ってのことだ――無論、妃一人で満足しなかった王も少なくないが。
 カティスの妃は、正妃であるマリーシアただ一人。その結婚も、即位から七年もたった1007年、カティス三十三歳の時とずいぶん遅い。その独身時代の大半がセンティフォリア・ノアゼットとの戦争に明け暮れていたとはいえ、側妾の一人も置く余裕はあろう。けれども彼はその間どんな女性とも関係を持つことはなく、世継ぎの誕生を望む側近たちが、そんな王をやきもきしながら見ていたことは、現存している彼らの日記からうかがうことができる。
 そのため、歴史家の間ではカティス王は禁欲家であるという認識が一般的なのだが。
 ――まるっきり好色じゃないか。そうカイルワーンは、独りごちる。
 だとしたら、この落差はどうして生じるんだろう。
 そう、すべては落差なのだ。カティスという人物を語る上で、自分が感じるものは。
「カイルワーン、カティスは今日は来てないのか」
 セプタードは鍋の中身をかき回しながら、カイルワーンにそう問うた。厨房の隅に置かれた小椅子に座り、カイルワーンは忙しそうに立ち働くセプタードを眺めている。
 『粉粧楼』の厨房は、店内よりもカイルワーンには馴染みのあるところだ。酒に弱いカイルワーンを面白がってセプタードが匿ってくれたのが始まりだが、そこは店内よりも遥かにカイルワーンにとって落ち着く場所だった。
 設備が整ったその厨房は使いやすそうな設計で、壁にかけられた鍋の一つ釜の一つまで使い込まれ、磨き込まれている。広い室内には絶えず何かを刻む音が、ぐらぐらと鍋が煮立つ音が響き、それはカイルワーンの記憶を刺激してやまない。
 『赤の塔』の厨房も、立派な作りをしていた。塔の実質的女主人のコーネリアがそこで忙しく立ち働くのを、自分はつぶさに見てきた。それを手伝いたい、と思うようになったのはいつの頃だったか。
 その動機は、医学と同様だったのかもしれない。心の中に絶えずあった一つの危惧――もしコーネリアがいなくなったら、自分とアイラシェールはどうやって暮らしていったらいいのか。そこまでいかなくても、コーネリアが体調を崩すことだってあるだろう。その時、誰が食事を作るというのか。
 アイラシェールは、自分以外の誰も頼れない。そう思い、その彼女を支えるために――彼女とともに生きるために、何でもできるようになりたい、何でもしてやりたいと思っていたけれども。
 けれども本当は、それらの知識や技術は、すべて別の目的を僕が果たすために、身につけさせられたものなのだろうか――そう、自らが『賢者』であるために。
 そうだとしたら、自分のこの思いは一体どこに行くのだろう。どうなるというのだろう。
「カイル、おい、聞いてるか?」
 セプタードの言葉に不意に我に返り、カイルワーンは自らの暗い思いをひとまず封じる。
「また遊びに行ったみたいだよ」
「いい加減にすればいいのにな。何も楽しくてやってるわけじゃあるまいに」
 セプタードの意外な言葉に、カイルワーンは目を細める。
「そうなのか?」
「俺とカティスは長いつきあいだからな。あいつの性格は、他の連中よりは判ってるつもりだ」
「幼なじみなんだっけ?」
「うちの親父が、カティスのお袋さんに惚れてたんだよ。だから一人で苦労しているカティスのお袋さんに、何くれとなく面倒見てたな。俺のお袋も早く死んじまってたし、俺もカティスのお袋さんにはずいぶん可愛がってもらったっけ。……まあ、親父は淡い恋心を伝えることなくあの世にいっちまったけどな」
「アンナ・リヴィアは美人だもんなあ」
 四十の坂を越えた今でも、十分美人だ。これが女盛りの頃は、どれほど美しかったのだろうかとカイルワーンも素直に思う。
 そんなカイルワーンに、セプタードは野菜を刻みながら言った。
「カティスは昔、ひどい苛められっ子だったんだ。臆病で、内気で、引っ込み思案で、俺ら以外に誰も友達がいなかった。信じられるか? カイルワーン」
 意外なセプタードの言葉に、カイルワーンは首をぶんぶんと振る。
 今自分の目に映るカティスは、楽天家で女好きで、そして気さくで明るい人物だ。面倒みがよく街の多くの人に好かれ、そしてその刹那的な生活に呆れられている。気分屋で、多情で、だからこそ憎めない。そんな印象を抱かれているように感じた。
 けれども、とカイルワーンは思う。心に引っかかることは、確かに存在していた。
「人間の性格というものは――本質というものは、そんなに簡単に変えられるものだとは、俺には思えない。だとしたら、カティスはなぜ突然、あんなにも変わってしまったんだろうかな」
 そう言うセプタードの横顔は、疑問を浮かべてはいなかった。それは彼がその解答を知っているからにほかならず……そこにあるのは、ただ深い愁い。
「カティスは何事にも執着しない。金にも、物にも、女にも」
 料理を盛りつけながら、セプタードは不意に言う。
「そんなあいつが、どうしてお前をレーゲンスベルグに連れてきたのか。どうしてあんなにもお前の面倒を焼くのか。どうしてあんなにも、お前に固執するのか」
 セプタードは振り返り、背後のカイルワーンを見た。その青灰色の目に浮かぶのは、なぜか切なそうな気配で。
「多分お前には、あいつが無意識で求めずにはおれない何かがあるんだろう。それが何なのか、俺にははっきりと言ってやることはできないが……期待はしてるよ」
「期待?」
「カティスはこのままじゃ駄目だ」
 セプタードは、厳しい口調でこう言い放った。
 セプタードが何が言いたいのか。何を自分に望んでいるのか。それを確とは自覚できない。けれども、カイルワーンはその言葉に従い、あることを試みる。
 懐中時計は正しく直角を示している。午前三時――そろそろ頃合いと見計らって、カイルワーンはかまどの火を起こすと湯を沸かし、家の外に出る。
 ロクサーヌ家とカイルワーンの家の裏手は空き地になっていて、大家から自由に使ってよい旨を得ている。カイルワーンはそこで治療や料理に必要な薬草や香草などを育てたりしている。そこに足音を忍ばせていくと、案の定風を切る音が聞こえた。
 カティスは毎晩の素振りを欠かさない。どんなに酒を飲んで帰ってきても、女性と楽しんできたとしても、必ず誰もが寝静まったようなこんな時間にただ一人起き出して、黙々と鍛練に励む。そしてその己の行いを、決して明らかにしようとはしないのだ。
 時には周囲をごまかし、嘘をついてまで。
 カイルワーンは、そんな彼に今まで一度も声をかけなかった。迂闊に声をかけたら、その瞬間手にした剣で斬られそうな、そんな厳しさと危うさをこの時のカティスは持っているのだ。
 けれども今日は家の外壁に寄りかかり、そんな彼をしばし眺める。そして、向こうが気づくのを待った。
「……カイルワーン」
 剣を下ろし、振り返ってやっと気がついたカティスは、心底意外そうな声を出した。そんな彼に、カイルワーンは努めて気楽に声をかける。
「よう」
「こんな時間に」
「それはこっちの台詞でもあるけどね」
 ふう、と大仰なため息をつき、カティスは問いかける。
「いつから、気づいてたんだ?」
 それは今日の時刻のことではなく、日数のことだとカイルワーンは察して、隠すことなく答える。
「ここに来てから、すぐ。隣の、しかもこんな壁の薄い家で暮らしていれば、気づかないはずないよ。特に僕は宵っ張りだしね」
「……そうだな」
 傍らにあった手拭いで汗をぬぐいながら、カティスはいつもとは違うひどく謹厳な表情のまま問いかけた。
「何の用だ?」
「明日は何時に出るつもりだ? 開門と同時に出発するのなら、これから寝ている時間はないんじゃないか」
「そうだが」
「なら、僕のところに呼ばれないか? いいものを手に入れたんだ。目覚ましになる」
 カイルワーンはそれだけ言うと、自分の家に入っていってしまう。カティスが訝しみながら後を追うと、灯が点けられた厨房に、今までカティスが嗅いだことのない類の匂いが広がっていた。
香ばしいような、実に不思議な、だがとてもよい匂い。
「これは何の匂いだ?」
「正体は、これさ」
 カイルワーンは、小さなフライパンの上で、何やら豆を煎っていた。その豆は真ん中に筋が入っていて、フライパンの上で茶色に焦げている。
「焦げてるぞ」
「これでいいんだよ。で、これをこうして挽いてだな……」
 カイルワーンは煎った豆を小さな挽き臼で挽くと、布を敷いた漏斗の中に入れた。そして、そこに沸いたお湯を注ぎ入れる。
 その瞬間、豆の粉は湯を吸ってふわりと膨らみ、またあのよい匂いが漂う。
 こうしてできあがったのは、透る焦げ茶色の液体。
「そして、とっておきのこういうものが出てくる、と」
 カイルワーンが棚から出してきたものは、カティスにも判る。判るが、それは彼にはめったにお目にはかかれない代物で――。
「砂糖だ……」
「僕はいらないんだけれども、君はきっとあった方がいいだろう」
 この時代、砂糖は胡椒やクローブといった香辛料と並んで、すこぶる貴重な品だ。後の時代になれば甜菜の生産による国内自給が可能になり、庶民にまで行き渡ったが、この時代のアルバは砂糖きびを生産できる国から輸入するしかなく、その値段はべらぼうに高い。
 カップに件の茶色の液体を注ぐと、カイルワーンは一方に砂糖を少し加えた。自らに差し出されたカップを受け取ると、カティスは戸惑ったようにカイルワーンを見る。
 一方カイルワーンは、自分のカップに口をつけると、実に幸せそうな表情をした。
「……ああ、紛れもなくコーヒーだ……どんなにこれを夢見たことか」
「おい、カイルワーン、現実に戻ってこい」
 カティスは苛々と、夢見心地のカイルワーンに声をかける。
「これは一体何なんだ」
「コーヒーという飲み物だよ。東方の僧侶が考え出したもので、徹夜の修行の目覚ましに用いられたのが最初だそうだ。興奮作用があって、慣れるとそうでもないけど、飲み慣れていない人間はてきめんに目が冴える」
 いいから飲んでみろ。その言葉に恐る恐るカティスは口をつけると、わずかな一口を滑り込ませる。初めて口にしたその液体は、ほろ苦さの中に砂糖の甘さがあって、何とも不思議に感じられた。それは今まで一度も味わったことのないもので。
「最初はおいしいと思わないかもしれないけど、常飲すると癖になるんだ。僕みたいに」
 くすくすと笑うカイルワーンに、カティスはゆっくりとカップの中身をすする。不思議とは感じたが、別段飲めない味ではない。カイルワーンが言うとおり、飲み慣れると癖になるかもしれない、とすら思った。
 二人は無言でコーヒーを口に運び、どれくらいたっただろうか。カイルワーンが意を決して切り出した。
「君がどうして優れた傭兵なのか、何となく判ったような気がする」
「あん?」
「君はどんなに遊び呆けて帰ってきても、鍛練を欠かすことはない。君の剣才は天性のものもあるだろうが、それ以上に努力の賜物なんだろう」
「それは持ち上げすぎだ、カイルワーン」
 渋い表情をしてカティスは意外な言葉を吐く。そしてテーブルに立てかけてあった剣を取ると、カイルワーンに差し出す。
「持ってみろ」
 カイルワーンが受け取ると、それは思っていたよりもずしりと重い。
「重いだろう」
「君が普段佩びている剣は、これじゃないよな?」
 カティスは普段出歩く時も佩剣しているが、この剣はそれよりもずっと長くて重い。
「生身の人間相手なら、あれで十分だ。第一、こんなもの腰に下げられるわけないだろう」
 もっともな意見だが、それならばこの剣は何に使うというのか。訝しく思うカイルワーンに、カティスはそれを察して答えた。
「でも、戦場ではこれくらいの剣がいる。諸刃剣といって、これくらいの重量がないと甲冑を着込んだ相手には効かない。昔は細身剣で甲冑の隙間を突く剣撃が有効だったけれども、最近の甲冑は隙間もないから、甲冑ごとぶったたけるこういう剣が必要なんだ」
 戦争史・戦略史・戦術史・武器や防具の変遷。そういったものもカイルワーンは父親から学んできている。知識としては存在する。だからカティスの言うことは理解できる。
 けれども現実の武器を――戦争を実感したのは、これが初めてだった。
 重いといわれる諸刃剣が、実際にどれほど重いのか。
 それは、自分には判らないカティスの現実だ。
「判ったろう? これを振り回すには筋肉がいる。そして筋肉なんてものは、ちょっと気を緩めればあっという間に衰えるものだ」
「それはそうだが……」
「だったら鍛練なんて、当たり前のことだ。努力なんていうほど大層なことじゃない。ましてや俺に剣才があるだなんて、それこそお笑いだ」
「それならばどうして君は、その『当たり前』のことすら隠そうとするのかな」
 カイルワーンの言葉は責める風ではなかったけれども、やはりカティスには刺さった。カティスはカイルワーンにひどく暗い目を見せ――それは時折彼が見せるもの。明るく陽気な傭兵の顔の下からそれが不意にこぼれるのを、カイルワーンは何度か見てきた。
 それが一体何なのか。
 どうしてカティスに時折落差を感じずにはいられないのか。
 それはきっと――。
「君だって判っているだろう。『当たり前』じゃないから、隠したくなるんだよ。先のことなんてどうでもいい。今日この一日を生き延び、全てを尽くして今日一日を楽しむ。それが大抵の傭兵のあり方だ。違うか?」
 カティスがもしかしたら、ひどい嘘つきだからではないのか。
 上辺を装い、本心を明かそうとはせず。
 セプタードが言ったことは、きっとそういうことだ。
「違わない」
 ふっと苦笑して、カティスはようようカイルワーンの言い分を認めた。
「傭兵なんて稼業はろくなもんじゃない。それにしがみつこうなんて姿勢は、あまり人に見せられたもんじゃない。それでも俺はそこから抜けることも、みみっちいが死んでくるわけにもいかないからな」
 語るカティスは確かに自嘲的で、それはカイルワーンには意外で。
「君が……傭兵稼業を嫌っているとは、思わなかった」
 剣士として近隣に名を轟かせ、武勲も数知れない。自ら剣を取って戦い、王国を救った勇者――英雄王。その彼が、本当は自らの道を嫌悪している。自らの行いを誇ることなく、卑下さえしている。
 だがカティスは、沈んだ表情のままで、告げた。
「傭兵は人殺しだ。どんな美しい言葉で飾ったって、体面取り繕ったって、その現実からは逃れられっこない」
「だけど」
「俺が金と引き換えに斬り殺してきたのは、同じような貧民出の傭兵だ。同じように生まれて、家族を抱え、食べることにさえ事欠き、徴募の鐘に呼ばれて身を売らざるを得なかった、同じ貧民だ。それを俺は金のために――自分の生活のために斬り殺してくる。殺した相手にも同じように、帰りと稼いでくる金を待っている人がいると判っていても。いい加減、嫌にもなってくるさ」
 カティスの苦々しい言葉にカイルワーンは沈黙し、やがて当然浮かんでくる疑問をためらいがちに口にした。
「ならどうして、傭兵になったんだ?」
「それ以外に、手っとり早く金を稼げる方法がなかったからな」
 コーヒーをすすり、何かを思い出すように天を仰いで、カティスはカイルワーンの問いかけに答えた。
「俺も今とは違った、色々な人生が選択できたんじゃないか、と思うことはある。でも他のどんな職でも、傭兵より金を稼ぐことはできなかっただろう。無学の貧民にできることは、所詮たかが知れてる。そして俺は、金が欲しかったんだ」
 金。内心でカイルワーンは呟く。その重さを、カイルワーンは真実知らない。
 カイルワーンは貧しさというものを知らない。幽閉されているような境遇だったが、その衣食住は王宮内だけあってそれなりに贅沢だった。そして今もクレメンタイン王が持たせてくれた金貨と、医者としての収入で金の不安を感じることなく暮らしていけている。
 だから自分は、きっと判らない。貧しいということ、飢えるということ、生活に窮するということ、それがどんな思いを人間にさせるのかということ。
 そして、カティスの気持ち。
 責めたり、軽蔑したりできるものではないのだろう。
「そう思って、道を選んで……今さら自分の選択を悔やむ気はないけれども、報酬の金をいざ目の前に積むと……さすがに虚しいな。でも俺が来た道はもう戻れない。悔やんでも、俺が殺した人間は戻ってはこないんだから」
 苦笑いを浮かべるカティスの横顔をのぞき、カイルワーンはその内心を思った。
 カティスの語ることは――その姿勢は誠実だとカイルワーンは思った。そういう彼の姿は、自分には普段の軽薄な彼よりも、自分には好ましく思える。
 けれどもカティスは、決してそういう自分をさらさない。奥底に隠して、嘘をついてまで、押し隠そうとする。
 それはなぜなんだろう。
 そして、どうして僕には繕いがほどけて、不意にそんな姿を見せるんだろう。
 どうして会ってまだ間もない、この僕なんだろう。
 カイルワーンにはそのことが不思議でならない。
 英雄王と賢者。並び称され、時には対照的に語られる彼と自分。
 金の髪と黒い髪。勇敢と知謀。太陽と月、昼の化身と夜の守護者――全てが違うがために、詩人が紡ぐ形容もあまりにも様々だ。
 だけど本当に僕たちは、全く違うのか――ふと心にきたした思いに、カイルワーンは目を閉じる。
 お互いが響きあうそのわけは、きっと、後世の詩人や歴史家が語るほどに美しくも清廉でもなく。
 それは醜く、汚く、そしてきっと、血を吐くほど辛い。

Page Top