それでも朝日は昇る 6章6節

 暗闇の中に立っていた。
 上下左右も判らなくなりそうな濃密な闇の中、無数の細い輝きが見えた。
 糸だった。きらきらと光を放つ、細くてしなやかな糸。
 それがびっしりと、自分に絡みついている。
 指に、腕に、足に、首に。
 つい、と糸が引かれる。それだけでたやすく、己の指が動く。
 違う糸が引かれる。それだけでたやすく、足が前に出た。
 喉に絡みつく糸は声を操り、言葉すら意のままになる。
 ――嫌だ。
 叫び出したいのに、言葉が、声にならない。声を出すことすら、自分の意のままにならない。
 しゃらしゃらと糸がこすれあって音が鳴る。脳を貫くようなかんだかい音の中、浮かんだのは白い人の影。
『カイルワーン、どうしてなの?』
 白い影は、裏切られた、傷ついた面持ちで、自分を責める。
『私を守ると言ったあの言葉は、嘘だったの?』
 ――違う、違うんだ。
 言葉は、どんなに力を込めても出てはない。答えぬ自分に、影は悲しげに問うた。
『どうしてあなたが私を殺すの?』
『それが定めだから』
 ようやく出た声は操られ、望まぬ言葉は影を際へと追いつめていく。
 壁を乗り越えた白い影は、悲しいほど緩慢な速さで落ちていき、そして。
 赤が、広がる赤が目の前を、裏を、体を染め上げていく。
「うわああああああああっ!」
 叫んだ自分の声で、カイルワーンは我に返った。ようよう鮮明になる視界は、白日の下に見慣れた自分の部屋を映し出す。
 白昼夢とは思えない鮮やかな光景に、カイルワーンは血に染まったはずの己の腕を見た。
 血の染み一つない白い腕に、青い血管が透けて見える。
「僕は……僕は……」
 白い影。『拝謁の露台』から身を投げて死んだ魔女。
 迫りくる、定めの一言で片づけられる未来。
 それを紡ぐ、天の繰り糸。
「アイラ……僕は……」
 呟いた時、恐ろしいほどのけたたましさで扉を叩かれた。
「カイルワーン様、カイルワーン様!」
 呼ぶ声に喜色が混じっているのを感じ取り、カイルワーンは床にへたり込んだ。
 来た。
 カイルワーンはただ己を呼ぶ声だけで、察した。
 帰ってきたのだ。

Page Top