それでも朝日は昇る 6章10節

「カティスはカイルワーンにお許しを貰ったかね」
「いい加減仲直りしてもらわないと、こっちの身がもたん。落ち込んだカイルワーンにつきあい続けるのは、並大抵のことじゃないんだぞ。お前は遭遇しなくてすんだからいいようなものの」
「落ち込んだカティスの面倒を見続けなきゃならなかった、俺らの心中も察してくれ」
 カティスがカイルワーンを追いかけてアルベルティーヌに出かけた日。昼時の『粉粧楼』には二人の人影。
 ブレイリーが開店時刻前に『粉粧楼』を訪れるなど、滅多にあることではない。それはすなわち、セプタードと素面でゆっくりと話がしたいということに他ならない。
「それにしても、昨日の話からすると、カイルワーンはまた一つ『奇跡』を起こしたというわけか」
 苦い顔で問いかけたセプタードに、ブレイリーが答えようとした瞬間、からからと扉につけた鈴が鳴る音がして二人は振り返る。
「御免。ここらで人を探しているのだが」
 そう告げて、店の中に入ってきたのは壮年の男性。その身なりはこざっぱりとして、豪商か貴族の家令だろうと二人は見当をつける。
 真っ先に浮かんでくるのはフロリックなど、カイルワーンとつながりのある商人たちの家令だが、その雰囲気は港町に住む者とはどこか違う、よそ者のにおいがした。
「人探し? こんな貧民街に、貴族様の用がある人間がいるのか?」
 険しい表情でセプタードが問いかけると、その非友好的な態度に男性はたじろぐ。
「この街の、ここら辺に住んでいるという話は確かだ。バルカロール侯爵の、急ぎのお召しだ。もし貴君らがその人物について知っているというのなら、褒賞も出せるぞ」
 大貴族の名と金をちらつかせる男に、へえ、と面白そうにブレイリーが声を上げた。
 しかし、その目はかけらも笑ってはいない。
「お召しって、宮廷にかい。なんて奴なんだ、そいつは」
「カティス・ロクサーヌという人物で、レーゲンスベルグで傭兵をしていると聞いた。この店は、傭兵たちがよく出入りしていると聞いたから来てみたのだが――」
 男性は、最後まで言葉を継げなかった。なぜならその目に、薄暗い店内でもきらめくものが映ったからだ。
「な、なにを……」
 狼狽して問いかける男性に、ブレイリーは腰から抜いた剣の切っ先を向けた――。

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