それでも朝日は昇る 7章3節

 どんよりと灰色に曇る空を見上げるカイルワーンに、セプタードは声をかけた。
 『粉粧楼』の店先。昼食をとりに帰る人々が、目の前をせわしなく流れている。
「こういうことなのか、カイルワーン」
「……ああ」
 もはや隠そうともせず、カイルワーンは答えた。
 ディリゲントの件で明るみに出てしまった以上、カイルワーンは己が預言者であることを、もはや否定しても仕方ないと腹をくくっていた。
 特に、親しい人たちには。
 カリネラ山の噴煙と火山灰は、見る間にアルバ全土を覆った。来る日も来る日も頭上を覆い尽くす汚れた雲は、太陽の光を遮り続ける。それは誰しにも昨夏の悪夢の情景を思い起こさせ、杞憂と呼べない懸念をその心に浮かばせた。
 今年もまた、冷夏だったら――。
 だがそれがもはや懸念ではないことを、カイルワーンとセプタードは知っている。
「今年の麦も、これじゃ駄目だな。もうしばらくパンとはお別れか」
 ことさら気楽に、セプタードは言ってのけた。そんな彼に、カイルワーンは気づかわしそうに問いかける。
「大丈夫か?」
「お前さんが幾つも献立を考えてくれたから、イモ料理でやっていけるんじゃないの? フロリックたちがこれに乗じてイモの値段をつり上げなきゃな」
「……釘刺しておくよ」
 苦笑するカイルワーンに、セプタードは静かな――諦めに似た表情で呟いた。
「これからお前は、沢山の人間を救うんだろうな」
「セプタード?」
「これから沢山の人間が死ぬんだろう。だけど、そんな中でお前は、飢えた者、病んだ者、傷ついた者……そういった連中を、何百人も――下手すりゃ何千人、何万人って単位で救うのかもしれない。そうして救った人間に、お前さんは感謝されて、慕われて、もしかしたら神の使いのごとく崇められるのかもしれない。だけどな、カイルワーン」
「……なに?」
「お前は他人を救えるけど、お前はお前自身を救う術を、本当に知っているのか?」
 その言葉に、カイルワーンの胸の奥がずきりと痛んだ。言葉を返せずにいる彼に、セプタードは優しく告げた。
「俺たちだってお前のことを心配しているってこと、少しは判れな」
 何も言えないカイルワーンに、さて、と呟いてセプタードは問いかける。
「往診途中だろう? 昼飯食っていかないか。好きなものを作るぞ」
「茹でジャガイモ二つに塩でいいよ」
「……せめて三個にしろ。俺たちが心配してるって言うのは、お前のそういうところも含めてだぞ」
 セプタードは出会って以降、食が細くなり続けている年下の友人に、憮然としてそう言った。

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