「何て無様なの」
女は私の喉元に、レイピアの切っ先を突きつけながら言った。
船は燃え上がろうとしていた。女の肩を覆う金髪が、熱をはらんで逆巻く風に揺れている。
仮面の下の表情は伺えない。だが朱を差した艶かしい唇が、私をあざ笑うように歪む。
「歴史あるアルバ王国ロクサーヌ朝の皇太女が、この有様。なんて無様で、惨めかしら」
その瞬間、血と熱が足元から這い上がってくるのを感じた。それは私が忘れて久しかったもの。
懐かしくも厭わしい激情を込めて、私は叫ぶ。
「あなたに何が判るというの!」
何が判るというのだ。他人に、私の何が――。
だが女は婉然として、私に告げる。
「アイラシェール姫様の方が、あなたよりよっぽど王女としてご立派だった。どれほど運命が過酷であっても、自らの背負った責任を忘れなかった――それに比べてあなたはどうなの? ガルテンツァウバーの傀儡に成り下がり、母国を滅ぼそうとしている。そんな自分をどう思う? ねえ、オフェリア王女殿下」
挑発する言葉は、私にとって激昂とは違う方へと大きく心を揺さぶる名を伴っていた。
この二年、片時も忘れたことなどない、その名。
「アイラ……? アイラが一体――」
「あなたは自分の目で、姫様が処刑されるところを、見た?」
内心を読んだように言葉をさえぎり、女はびしりと告げた。その示唆するところは、一つ。
「イントリーグ党は、姫様を処刑したことにしなければ、利用した矛の先を収めることはできない。万一にも、魔女の生まれ変わりを取り逃がしただなんて国民に知られたら、その矛先は自分たちに向かってくるのだから。そしてそれは、あなたを取り込んで利用しようとしたガルテンツァウバーも、しかり」
私はその時、膝から崩れ落ちたい衝動に駆られた。それはある意味、私の世界の全てが音を立てて崩れた衝撃でもあったのだ。
喉が瞬時に干からびた気がした。詰まる息を吐きだしながら、私は問いかける。
「では、あの子は……アイラシェールと、カイルワーンは」
船は燃えようとしていた。私を護るべき士官たちは、この女の手勢との戦いに忙殺されている。
誰も私を守れない。誰も私に近づくこともできないことさえ見越して、女は手を差し伸べた。
きらり、と炎を映して、刃が光る。美しい指が、私をこまねく。
「私たちと、一緒に来なさい。真実は、私たちだけが持っている」
その女の言葉に、否という回答は、自分の中にはもう存在しなかった。
もう私には、失って惜しいものなど、何もありはしなかったのだから――。