天を渡る風 (13)

 神仙界での月日は、瞬く間に過ぎた。春螺は己が封土の綻びの補修に東奔西走したし、その間偕良は慧や祖父母、他の神仙たちに連れられて、くまなく神仙界を巡った。
 そろそろ封土も安定を取り戻そうかという時、偕良は春螺にぽつりと言った。
「母上、本当にここは綺麗なところだね」
「そうか? 気に入ったか?」
 添い寝しながら答える母に、偕良は難しい顔をして言った。
「でも、なんか、どこか寂しい」
「……うちが、恋しくなったか?」
「そういうことじゃなくて……綺麗なんだけど、とても寂しそうに見える。花はいつもいっぱいに咲いてて、緑はいつも青々としてて、果物は沢山なってて、天気はいつも気持ちのいい晴れだけど……何日たっても、どこも何一つ変わらない。いつ見ても、どこに行っても、みんな同じ。それって、寂しくない? うちの周りの山は、畑は、一日見にいくのを忘れただけで、変わっていないようで必ずどこか違うものを見つけることができるのに」
 きゅっと毛布を握りしめ、偕良は寂しそうに呟いた。
「ここは、時間に忘れられてるみたいだね……」
 偕良の言葉に、春螺は返す言葉が浮かばなかった。
 神仙に生まれてこの方、自分は時を乗り越えた者だと――征服した者だと思ってきた。けれども本当に、そうなのだろうか。
 偕良の言葉は、存外真実を突いているのかもしれない。
「そろそろお家に、帰ろうか……?」
 問いに偕良は答えない。代わりに規則正しい寝息を聞いて、春螺は実感した。
 帰りたがっているのは、自分なのだと。
 人界で一月ほどの経過で、春螺と偕良は人界に戻った。
 降り立った丘は、柔らかな風が吹き抜けていた。
 緋凌はぞんざいに伸ばした髪を風に流し、いつものように空を見上げていた。
「父上、父上! ただいまっ!」
 声を上げ、転がりそうな足取りで駆け寄ってくる偕良に、緋凌は視線を地に下ろした。
 その顔には、紛れもなく驚きの色があった。
 自分にしがみついてくる偕良を抱き留め、髪を撫でてやりながらも、視線は下を向いてはいない。
 同じ目の高さの、正面を。
「緋凌、ただいま」
 少しばかりの照れ笑いを浮かべて言う春螺に、緋凌は一拍の間の後に笑った。
 少しばかり寂しそうな、けれども間違いなく、安堵に満ちたその笑み。
「お帰り」
 緋凌が、自分たちは帰ってこないと思っていたことを、春螺は改めて確かめた。けれども、怒る気にはなれなかった。
 あまりにも、彼が幸せそうに笑ったのだから。
 この笑顔を、自分は生涯忘れることはないだろう。そう春螺は思った。

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