それでも朝日は昇る 11章5節

 天を轟かすような音に、アルベルティーヌ市民は怯えも露に城門の国軍兵に詰め寄る。
 国軍三師団が、革命軍を名乗る貴族連合軍に完膚無きまでに叩きのめされ、アルベルティーヌに敗走してきたことは、すでに市民の誰もが知るところとなっていた。
「これからどうなるんだ! どうしてくれるんだ!」
 叫ぶ民衆に、国軍首都防衛大隊を指揮していた騎士団員は苛立ちも露に叫び返す。
「うるさい! 俺たちは、お前たちを守るために戦ってやってるんだぞ! つべこべ言うな!」
「俺たちは魔女に加担して、真の王の邪魔をするために、アルベルティーヌで暮らしてきたわけじゃないぞ!」
 声が上がった。叫んだのは、決して上等とは言えない身なりの――だが、立派な体格の青年。
 焦げ茶色の髪が、緩い初夏の風に揺れている。
「この街は、王の街だ! 正当な王の帰還を妨げれば、逆賊として討たれるぞ! 俺はそんなのごめんだ!」
 そうだ、そうだ、とあちこちで呼応する声が上がる。砲声は絶え間なく響き、城壁を揺らし、振動が人々にまで伝わる。
「裏切り者!」
「魔女の手下め。引っ込め!」
「アルベルティーヌは王の街だ。カティス殿下の邪魔をするな!」
「出ていけ!」
「出ていけ!」
 声は幾重にも重なり合う。熱病のようなうねりが、城門前の広場を駆け抜けていく。
「お前たちが城に居すわるようになってから、暮らしは苦しくなる一方だ!」
「お前たちがかけた税のせいで、この街に商人はちっとも寄りつかなくなっちまった! そのせいで、俺たちがどれほど困窮したのか、どれだけの人間が飢え死にしちまったのか、お前たちには判ってるのか!」
「やれ税を滞納したの、やれ法を破ったのと、俺たちを刑場に引き出すことばかり熱心で! お前たちのせいで、一体何人が殺されたと思ってるんだ!」
「ウェンロック王様を殺した挙句に、王を選べだって? 屁理屈をこねて、自分たちが王になりたいだけじゃねえか! 俺たちは騙されねえぞ!」
「出ていけ! 簒奪者!」
「出ていけ! 人殺し!」
「街と城と俺たちを、正当な王の元に返せ!」
 アルベルティーヌ市民が今までため込んでいた窮状への不満が、一気に噴出した。それは流れに乗って、たやすく憎しみへと変化する。
「城門を開けろ、逆賊! お前らの支配は俺たちはもう飽き飽きだ!」
 強く険しい声で迫る焦げ茶の髪の青年に、騎士団員は怒りで顔を真っ赤にする。
「下賤の者が、知った口を叩くな!」
 抜かれ、振り下ろされる剣。誰もが血の惨劇を予想したその瞬間、青年は軽い身のこなしで飛びずさり、そして。
 剣を振り上げたために空いた体に、深々と突き刺さったのは矢。
 どう、と音をたてて騎士は崩れ落ちる。
「ブレイリー!」
 焦げ茶の髪の青年に、投げられた声と剣。己の剣を受け止め、抜き放った彼は、事態を理解できずに立ち尽くしている他の騎士にその切っ先を向けた。
 打ち合うことさえなく、たやすく切り裂かれて地に倒れる騎士。
 期せず、歓声が揚がる。その声に応えて、青年――ブレイリーは叫んだ。
「立て! 俺たちの王を、俺たちの手で街に迎え入れるぞ!」
 宣言に呼応する声が、怒号の如く響き渡る。城壁を守る兵たちに次々と投げつけられる石礫。棒で殴りかかる男がいれば、鎌で斬りつける女もいる。完全に暴動化した民衆を前に、国軍は防戦せざるを得なくなる。
 城壁の外の革命軍に向けられるはずだった銃口が、市民に向けられる。引き金が引かれるそのすんでで、灰色の髪の青年が割り込んだ。城壁に駆け上がり、細身の剣で火縄銃をたやすく弾き飛ばし、声を限りに叫ぶ。
「国軍兵に告ぐ! 心ある者は我らに恭順せよ! 王の旗の下に集った者には、英雄王の慈悲と恩寵があるだろう!」
 セプタードの叫びは、兵士たちを動揺させた。彼らは目の前の男と、自分たちの雇用主である騎士団員たちを見比べ、そして手が止まる。
「同じアルバ国民同士で、戦うことはない!」
 その言葉は、カティスの登場以降、己の行動に疑問を抱かずにはいられなかった国軍兵士たちの心に、じわりとしみる。
「黙れ!」
 別の騎士が、そんなセプタードに斬りかかる。その一撃を軽く受け止め、彼は口許に苦笑いを浮かべた。
「元近衛騎士とは、この程度の腕か! なるほど、これじゃカティスがしゃしゃりでなければならなかったわけだ」
「なに!」
 軽く剣を踊らせて、騎士の一撃をそらすと、セプタードは剣を振り下ろした。流れるようなその鮮やかな剣撃に、同じく城壁に登ったブレイリーが、その背を預けてもらした。
「相変わらず嫌になるほどの腕前だな。お前は現役じゃないっていうのに、いつになったら俺はお前に追いつけるんだ」
「無駄口を叩くな、来るぞ!」
 一方、傭兵団の面々が城壁まで攻め入ったのを見越したカティスは、砲撃をやめさせ、突撃の合図を下す。
「突入しろ! 鍵はもうじき外されるはずだ!」
「市内に入ったら、向かってくる者だけを排除しろ! 間違っても投降した者や市民に手を出すな! 略奪も一切禁止だ! 王の街の物に手を出すことは、王の御物に手を出したも同然と思え!」
 カイルワーンも、はやる兵たちをそう戒める。銃弾や矢をかいくぐり、城門に殺到した兵たちの眼前で、ついに太い閂が中から外された。
 開いた扉は、革命軍兵と市民たちを織りまぜる。共通の目的を持った同志は、共通の敵に向かって雪崩を打つ。
 その口に登る言葉もまた、同じ。
「アルベルティーヌを、正当な王の元へ!」
「王は王都に帰還せり!」
 その声に促されるように続々と国軍兵士が投降し、その剣先を、銃口を、騎士団員に向けてこう叫んだ時、勝敗は決した。
「新王、万歳!」
 かくしてアルベルティーヌは陥落した。

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