手のひらの上に鍵があった。
敵の本拠である王都に潜入し、解放戦に携わっていたこの二ヶ月間、これだけは決してなくすまいと丈夫な鎖に通し、肌身離さず身につけていた店の鍵が。
俺は入口の前で立ち尽くし、鍵と扉を等分に眺めた。
ここは俺の家。そして俺の店。それは理解している。
帰ってきたのだ。帰ってこれたのだ、ということも、頭では。
それなのに、一欠片の喜びも意欲も湧いてこなかった。
鍵を鍵穴に差し入れれば、かちり、と音が鳴る。緩慢に扉を押し開けると、目に映ったのは暗がりの中に沈んだ一階ホールの有様だった。
誰に荒らされているわけでもない。
戦場に赴くため戸締まりしたあの日から、何も変わってなどいない。
それなのに俺は、荒んだ、と思ってしまった。
窓の鎧戸を閉めているだけだ。
固く閉ざしたそれを開ければ、昼の光はいっぱいに差し込んでくるだろう。
頭ではそう判っていた。けれども暗闇の中に歩みを進め、窓へと手を伸ばす気力が、どうしても湧かなかった。
一歩、二歩。それで精一杯。ホールの床にへたり込んで、俺は隙間から入り込むわずかな光を見上げた。
ああ、と小さな嘆きをあげる。
このホールには、いつも賑やかな喧噪が満ちていた。
幼い頃から共にあった友たちが、なけなしの金で酒肴を広げ、酒を酌み交わし、時には喧嘩をし、馬鹿話をして大きな声で笑っていた。
けれども今、音をたてるものは一つとしてない。
ここには俺一人だけ。
その輪の中に、あいつらは確かにいたのだ。
確かにここで笑い、泣き、自分の人生を生きていた。
けれども、もうここには帰ってこない。
誰一人、帰ってはこない
もう、誰もいない。