「春螺……」
真夜中過ぎ、枕元に付き添っていた春螺は不意に声をかけられた。少ししゃがれた声だったが、そこには苦痛の色はない。
「どうした? 何か欲しいものでもあるか?」
「お前は、死ぬことはあるのか?」
突然の問いに、春螺は面食らう。長く床についていた緋凌の顔は病み疲れてはいたが、惑乱の気配はない。
ただ静かで、穏やかだった。
「……おそらくは、私が私であろうとしている限りは」
はっきり言わなかった否定を読み取って、緋凌は小さく頷いた。
「そうか……それじゃあ」
ゆっくりと、ゆっくりと、緋凌は笑った。
ただ静かに、穏やかに。
「己で在りつづけることに疲れたら、いつでも来い」
「緋凌……」
「いつまででも、待っていてやるから――」
はたり、と涙が落ちた。春螺の見開かれた目からこぼれ、伝い落ちる涙に、口許に困ったような笑みを浮かべて、緋凌は痩せた手を伸ばした。
涙をすくう指先を、春螺はそっと包み込む。両手で温めるように包み、涙が伝い落ちる頬に押し当て、何も言わずただずっとそうしていた。
緋凌は静かに目を閉じた。口許には柔らかな微笑が刻み込まれたまま、意識は緩やかな昏睡に落ち――。
それから三日。一度も意識は戻ることなく、閉じられた目は、もう二度と開かなかった。