それでも朝日は昇る 8章10節

 深夜。街は夜陰に沈んでいた。
 人々が固く家の扉を閉ざし、深い眠りに就いている時刻。静まり返るはずの街中で、さわさわと多くの人が動く気配がした。
 レーゲンスベルグの東地区にある屋敷街、中心に当たる場所にその建物はある。一際豪奢で、広い敷地を持つ邸宅。それが、レーゲンスベルグ領主館だ。
「そろそろ港のウィミィたちも配置に着いたはずだ」
 傍らのブレイリーの言葉に、カティスは頷いた。
 すう、と大きく息を吸い込む。この一戦、全権は彼に預けられている。
「失われた大権と、自由を――この街を、返してもらうぞ!」
 カティスの口上は、領主館を取り囲んだ仲間たちへの、定められた突入の合図にすぎない。しかしそれは、代官に対しては宣戦布告であり、自分たちを雇った者たちの大義の宣言だった。
 篝火が灯され、闇を焦がして彼らを浮き上がらせる。虚を衝かれた門番が一刀の下に切り捨てられる。何事かと塀に上がった警備兵は、待ち構えていたクロスボウ兵の一撃に転がり落ちた。
 幾人もの屈強な男に抱えられた太い丸太が幾度となく門に打ち据えられ、閂が軋んで砕けた。開け放たれた扉から、領主館に真っ先に突入していった影は二つ。
 闇の中でさえ浮き上がる金の髪と、闇に融けて見えなくなりそうな深い焦げ茶色の髪。
 その手に握られているのは、血が滴る喧嘩剣――傭兵が好んで使う汎用の長剣。
「レーゲンスベルグ傭兵団か! 奴らが、どうして……誰が奴らを雇った!」
 寝所の窓から見下ろし、事態を察した代官は、自分に襲いかかってきた軍勢に青ざめた。
 自分の領地に、近隣でも名高い傭兵団が本拠を置いていることを、彼は知っていた。だが彼らは、再三の要請にも関わらず、自分と雇用契約を結ぶことを拒否した。
 誰ともなくレーゲンスベルグ傭兵団と呼ぶ彼らは、本拠レーゲンスベルグだけではなく、どんな領主や都市とも長期雇用契約を結ばないことで有名だった。戦役に不意に現れて短期契約を結んでは、戦果を残して去っていく。戦場にしか現れない、誰も平時には抱え込めない、実態の掴めない謎の傭兵団。
「悪いな、あんたには恨みはないが、この街からは出ていってもらう。そして、あんたのご主人様に伝えてもらおう。レーゲンスベルグは、自由都市に戻らせてもらうと」
 ほどなく寝所に踏み込んでたのは、最初に突入してきた二人の傭兵。
 カティスと、ブレイリーだった。
 血に濡れた切っ先を向けられた代官は震え上がり、それでもカティスを睨んで叫ぶ。
「一体誰の差し金だ。今まで他人の私兵として抱え込まれることを拒否し続けていたお前たちが、なぜ手を貸した!」
「理由なんて、大したことじゃない。頭が他人に雇い込まれることを嫌がっていたから、下もそれに習っていただけだ。だが今回ばかりは、そうも言っていられなくなってな」
 答えたのはブレイリーだった。窓の闇を背にした傭兵は、口許だけで笑う。
「あいつに頼むと言われたら、俺たちには断る理由が何一つないのでね」
 暗がりの中で、カティスが応えて苦笑するのが判った。
 話はそのあいつと契約を結んだ時に戻る。
 カイルワーンは、日中の会議の顛末を説明した後、こう宣言した。
「僕らは、レーゲンスベルグを乗っ取ってしまおうと思っている。君たちにその武力の要になってほしい」
「つまりお前とギルド連合の計画を遂行するには、まず代官を始末しなければならない。とすれば、まず俺たちに領主館を制圧しろ、と」
 ブレイリーの問いかけに、カイルワーンは頷いた。
 契約は、彼らをレーゲンスベルグの常駐軍の要として、その全権を預けようというものだった。契約書を読み、その金額や雇い主を確認した彼らは、こう問いかけた。
「一つ聞かせてくれないか?」
「何だ?」
「この計画が実現した時、施政の中心にお前はいるのか?」
 下の客が一区切りついたのか、料理を手に上がってきたセプタードの問いかけに、カイルワーンは少し迷った挙句に答えた。
「あんまり本意じゃないんだけど、多分ね」
 施政人は、各ギルドの代表など、街の有力者たちが務めることになる。だが、様々な利害関係がある彼らの間に立ち、調整できるのは、多分どこにも属さぬ自分だけであることを、カイルワーンは自覚している。
 そもそも発起人の自分が影に隠れているわけにはいかない。
「それならば言っておく。俺たちがこの仕事を引き受けるのは――この計画に加担するのは、その施政の中心にお前がいるからこそだ。お前が施政を預かるからこそ、レーゲンスベルグの根底をひっくり返す――レーゲンスベルグの沢山の人間の命運を左右することになる、このとんでもない計画に加担するのだということを、どうか覚えておいてくれ」
 ブレイリーの静かな声は、カイルワーンに重いものを突きつけた。
 それはとても大きな責任と、信頼。
 買いかぶりだ、と言いたい気持ちもあった。だが、向けてもらえた信頼を自分から否定することはできないことは、さっきブレイリーに諭されたばかりだ。
 だからカイルワーンは、ただ黙って、しっかりと頷いた。
「さて、この依頼内容だと、とても俺らだけじゃ手が足りない。久しぶりに全軍召集をかけるか?」
「……どうしてそれを、俺に聞く」
 この話し合いを始めて以来なぜか部屋の隅に佇み、ほとんど口を開かずにいたカティスに、ブレイリーは問いかけた。そしてそのカティスの返答に、不快そうに眉根をひそめる。
「頭はお前だ」
「いつからそういうことになった」
「最初からだ。いい加減判れ。レーゲンスベルグ傭兵団、その全軍、一兵に至るまで、頭と仰いで支柱としているのは、他の誰でもないお前だ。ただ、師匠の遺言でお前を表に出すなと固く含められているから、俺が表に出て対外交渉を受け持っているだけで」
 あれ、とこの瞬間カイルワーンは思った。このブレイリーの言葉は、彼の心に引っ掛かりを残す。
 出会って一年半。親しくつきあいながらも、実のところその傭兵としての姿を、実情をよく知らない友人たち。その姿を初めてかいま見れば、不思議な感慨と疑問がわく。
 ブレイリーの師匠――それはセプタードの父親。レーゲンスベルグ傭兵団の基を作った人だと聞いている。彼の教えを受けた青年たちが共に行動するようになり、いつしか傭兵団と呼ばれるようになったと。
 カティスを表に出すな、というその遺言。その理由はなんだろう。
 カイルワーンにはその理由は一つしか考えられないのだが、それをさらりとブレイリーが口にするところを見ると、もしかして。
 彼らは――もしかしたら、セプタードの父親とブレイリーだけなのかもしれないが、彼らはカティスが王子かもしれないことを、そしてそのために非常に複雑な立場であり、それ故の身の危険があることを、知っている?
「同門のささやかな集まりでしかなかった俺らが、傭兵団とまで呼ばれるほど膨れ上がったのは、誰のせいだと思っている。いい加減覚悟を決めろ」
「……判ったよ」
 苦虫を噛み潰すようなしかめっ面で、カティスは渋々首肯した。やがて顔を上げると、小部屋に居合わせた二十余人の配下に、凛とした声で命令を下した。
 それはカイルワーンが今まで一度も見たことのなかった、カティスのもう一つの姿。
「レーゲンスベルグ傭兵団に籍を置く総員に召集の号令を上げる。集合地点はここ、レーゲンスベルグ。期日は三日。イルゼはハイデリンデ方面、カッセルはプスタ方面、リーベンはバラタ方面に伝達に飛べ。装備は最大、長期戦になる旨を伝えてこい」
「おう」
「任せろ」
 上がった力強い了承の声。場が高揚していくのが、傍目にも判る。だがカイルワーンは、いま一つ事情が呑み込めなかった。そんな彼の戸惑いを見通したのか、セプタードが不意に話しかけてきた。
「レーゲンスベルグ傭兵団と呼ばれる連中が、ここにいる奴らだけだと思っていたか? ここにいるのは、その主要な人員――ほんの一握りだ。残りは近隣のあちこちの町村に点在している。戦役や契約の規模によって、召集をかける人数は違うが、全軍で三百余。ひとたび号令が上がれば、それは紛れもなく『軍勢』と呼ばれるだけの規模になる――だからあんまりやらないんだけどな」
 思わずぽかんと口を開けたカイルワーンに、セプタードは苦笑いをした。
「これほどの規模だとは思ってなかったか?」
「……実は」
「確かにこいつらも、元々徒党を組もう、大傭兵団を作ろうと思ってたわけじゃない。だが、あちこちの戦役に出向いているうちに、そこで出会った別の傭兵団や、個人で徴募に応じてた奴なんかが加わってくるようになったらしい。普段は別行動をとっているが、いざということになれば、一緒に戦役に参加したい、いつでも合流するという誓約をしている連中が、相当数いる」
「どうしてそういうことに?」
「個人や少人数で行動するよりは、大人数の方が雇用にとって有利なのは確かだ。寄らば大樹の影とはいうけれども……まあ、カティスの人徳だろうな。あれは本当は、女よりも男に、日常よりも戦場でもてる男だから」
 セプタードの言わんとするところが、カイルワーンにも何となく判った。
 カティスの本質が、決して軽佻浮薄ではないことをカイルワーンは知っている。どちらかといえば繊細で、誠実で、意外に生真面目だ。そしてそういう自分を、カティス自身が隠したがっていることも。
 だが彼と共に戦場に立った者たちには、それが判っているのではないだろうか。己を取り繕いようのない、極限状態に置かれる戦場で、彼の真の姿はあらわになり、それは人を惹きつける。
 己の命を預けるに足る、将として、信頼を集める。
 英雄王――言葉が脳裏をよぎった。それはカイルワーンの胸に、苦い感慨を落とす。
 彼は名うての傭兵であり、卓越した技量を持つ剣士であり、そして何よりアルバ史に残る名将だ。その真実を、カイルワーンは予感した。
 確かに彼には、自分という軍師がついていた。未来を知り、戦闘の詳細を知り、完璧な策と布陣を伝授できる、最強の軍師が。
 だが、どんな策も、それを遂行できなければ何の意味もない。
 自分の智略を、奇策を、確実に実行する軍隊運用能力。それをおそらく、カティスは持ち合わせている。
 以前思った。カティスは王になるのではない。自分が彼を王にするのだと。
 それは間違いない。おそらく、自分がいなければカティスは王にはなれない。
 だが、それと同時にカイルワーンには判っていることがある。
 自分は、カティスだからこそ、王にできるのだと。
 他の誰でもない。この彼だからこそ。
 他の誰にも、ましてや自分などには持ち合わせない、その光輝。
「領主館は街中だ。お前たちの大義から考えても、住民を極力巻き込まない作戦を取らなければならない。そうだろう、カイル?」
「ああ……うん」
「となれば、前触れなしの奇襲になるが、いいか?」
 カティスの問いかけに、カイルワーンが頷くと、ブレイリーが難しい顔つきで言った。
「となれば、俺たちが集結していることは外部にもれてはならない。全員に、決して自分たちが傭兵団の一員であることを表に出さないよう、他人に目的がばれないよう、重々注意して行動するように、と伝えてくれ」
 一同が頷きかけた時に、上がった声。
「ちょっと待て。お前それ、本気で言っているか?」
「カティス?」
 制止した声は、明らかに呆れていた。一同の怪訝な視線に、カティスは動じることなく言った。
「注意しろったって、そもそもどうやって。どんなに厳重にくるんだところで、短弓ならまだしも長弓をどうやって隠し通せる。剣にしたって、戦斧にしたってそうだ。門を通る時に絶対引っかかる。そうなれば、自分たちが傭兵団の一員であることを明らかにしないわけにはいくまい」
「そりゃそうだが……」
「それだけの人間がいれば、隠し事が下手な奴も、口が軽い奴も、誘導に引っかかる奴もいるだろう。全員が集結して、行動を起こすまでには何日かは準備期間がいる。これだけの人数が集まれば、それだけで不審に思われるに決まっているし、残していく家族に何も言わずには皆出てはこれない。そのつてで、情報が漏れる危険性だってある――保証してもいいぞ。絶対に計画を秘密になんてできない。絶対、ばれる」
 言い放ったカティスの目は冷たかった。その分析はあまりにも冷たく、だが的確で、傭兵たちは動揺する。
「なら、どうする――」
「イルゼ、カッセル、リーベン、召集する時にこう伝えろ。そうだな……今不安定で、アルバと直接事を構えなさそうな遠国というと――オフィシナリスにするか、オフィシナリスの都市防衛の徴募に全軍挙げて応えることにした、と」
「カティス、それじゃ……」
「全員で嘘を突き通すことなんてできない。だから、全員に真実は与えない」
 カイルワーンの背筋をぞくり、と寒気が走った。それはカティスの言葉に衝撃を受けたからではなく、告げた彼から、何とも言えない覇気のようなものを感じたからだ。
 己の命を賭けなければならない場所で、真剣になった彼は、普段とは全く違う顔をする。そのことを、カイルワーンは初めて知った。
 それは不快ではない。言うなればそれは……ぞくぞくした。
 戦場で彼に魅了された者の気持ちが、判る気がした。
「俺たちは海路でオフィシナリスに向かうために、この街で集合することにする。装備や身分を隠す必要はない。それならば大量の傭兵が市内に流入しても、領主側には不審には思われないだろう。その軍勢が何日か市内に留まっていても、船を待つためだと理由をつければ疑われはしない」
「だったら、その策を全員に伝達しても……。仲間まで騙すような真似をしなくてもいいじゃないか」
 困惑したウィミィの言葉に、カティスはぴしゃりと言い捨てた。
「官憲の尋問や追及に対して、しらを切り通すことが、嘘を突き通すことが楽なことか? 召集に応じて集まってくれる連中に、余計な負担を負わすな。そんなもんを負うのは、ここにいる人間だけでいい」
 厳しい表情と口調で告げられた言葉に、居合わせた者たちは粛然とした。
 己の甘さと、浅薄さを恥じ入るように。
「計画の真相を口にできるのは、今この時までだ。この部屋を出た後は、誰であろうとこの計画について口にすることは一切許さない。たとえその場に、同胞しかいなくても――今ここにいる、真の計画を知る者しかいないとしてもだ。そして」
 怜悧な視線が、仲間たちを見た。
「故意であろうとなかろうと、もし誰かがこの約を破りかねない、そんな場面に他の者が居合わせたら……その時は、判断は任せる」
 任せる、と言いながら、その目は明らかに何かを示唆していた。
「ただ、最も優先させるべきことは契約の遂行――それを果たすための、秘密の保持だ。そのためには何をしたらいいのか、どうすべきなのか――そのことは肝に銘じておけ」
 びり、と空気が震える錯覚がした。傭兵たちは居住まいを正して、自分たちの頭目を見上げ――カティスは、ここでカイルワーンを見た。
 いつもと違う面差しが、覇気と矜持に満ちた強い眼差しが、自分を見ている。そう感じて、カイルワーンはその目を見返した。
 力を込めなければ、気押されそうだった。
「お前にはフロリックやら誰やら、事の経過を説明しなければならない相手もいるだろう。だが今は、全権を俺に預けろ。悪いが、俺にはギルドの関係者の中からこそ、内通者が出そうな気がしてならない」
「……もっともだね」
 今日集まった者たちは行動を共にし、団結することを誓約した。だがそれが芯からの同意であるとは、カイルワーンも思っていない。保身のためにギルド連合を裏切り、領主に自分たちを売ろうとする者が出ないという保証はない。
 世の中、そう簡単に一枚岩になどなれない。
「速攻――そうだな、一週間で片をつけてやる。だからお前も制圧が完了するまで、まだ計画が進んでいないふりをしてろ」
 こくり、とカイルワーンが黙って頷くと、あとそれと、とカティスは続ける。
「お前は必要な人員を――兵の頭数を用意すると言っていたが、素性の知れない新兵はいらない。領主館と港の制圧だけならば、全軍が集結すれば俺たちだけで十分だ」
 頭目の自信に満ちた言葉に、歓声が上がった。その様子に、場の雰囲気に、カイルワーンはすでに確信を抱いた。
おそらく彼らは言葉通り、制圧を成功させるだろう。だが――その思いは、カイルワーンの胸の奥に鈍い痛みをもたらした。
 僕はカティスに、一体何をさせてしまうのだろう。彼らがレーゲンスベルグの兵力を預かれば、頭目であるカティスは、レーゲンスベルグの軍務の全権を握ることになる。それは今まで極力目だたないように暮らしていたカティスを、白日の元に引きずり出すことを意味する。
 打ち合わせと作戦成功を祈願してのささやかな酒宴が果て、自宅への帰り道。しばし黙って肩を並べていたが、やがてカティスが口を開いた。
「俺はどうして、お前と出会ったんだろう」
 ぽつり、とこぼされた言葉に、カイルワーンは答えを持たない。
 口にはできない。
「判ってはいるんだ、俺も。俺ももはや、このままではいられないということは」
「カティス……」
「そしてお前は動き出す。傭兵団の長で、王子かもしれない俺がそんなお前の横にいるのは、決して偶然でも、無関係でもないんだろう?」
 カイルワーンは、何も言えない。視線を落として歩き続けるしかない彼を見下ろし、カティスは少し沈んだ、だが穏やかな口調で言った。
「だけど、俺が巻き込まれるのが――そして、俺が巻き込むのがお前なのは、きっと悪くない。そう心から、思ってるぞ」
 こぼされた言葉は胸に痛く、そして温かかった。カイルワーンは背の高いカティスを見上げて、少しだけ笑った。
 心の中でただ一言だけ、すまないと詫びて。
 一週間は瞬く間に過ぎた。レーゲンスベルグには、オフィシナリスに出かける軍勢が集結し、準備を整え、そして決行の夜。
 領主館と、アルバ海軍の船舶が停泊している港。軍勢は二つに分かれてそれらを急襲し、それぞれに凱歌を挙げる。
 そして、時はレーゲンスベルグの代官、ラスキン男爵をカティスとブレイリーが押さえたその瞬間に戻る。
「あいつとは誰だ!」
 当然の問いかけに答えたのは、その時寝室に音もなく現れた、一つの黒い影。
「僕だよ」
 明らかに傭兵ではない、小柄な青年。見様によっては、まだ少年にしか見えないその人物に、代官は一瞬、言葉の意味を掴み損ねた。
「お目にかかるのは初めてだが、噂くらいは耳に入っているのではないかな、男爵。僕の名はカイルワーン」
「……賢者カイルワーン? まさか、お前が」
 動揺と侮り――そのあまりにも年若い容姿がもたらす感情。それを声音に感じて、カイルワーンは口許を歪めて苦笑した。いい加減慣れたが、それでも不快を感じないと言えば嘘になる。
「信じないというのならば、それも結構。僕が君にどう思われようが、そんなことはどうだっていい。君はただ、君のご主人に――城を預かる者に、僕が行動を起こしたと伝えてさえくれれば、それでいいのだから」
 懐から取り出されたのは、一通の書状。
「これはレーゲンスベルグギルド連合の総意。我らの大義が何か、王亡き後国政を預かる者たちに何を望むのか、その全てを最大限の誠意をもって記してある」
「……貴様、それは一体……」
「僕らにだって判っているのだよ、もう。陛下はすでに亡く、国政が現在城にいる、一部の者たちに牛耳られていることは」
 男爵の顔から血の気が引く。彼はその真実を告げられていなかったのか、それとも隠し通せなかった失態に青ざめているのか、カイルワーンにも判らない。
 だがそれも、どうでもいいことだ。
「これを城へ――アレックス侯妃の元へ。君は代官として任地を失ったことを、主君に報告せずに逃げることはできまい?」
 かたかたと震える代官の懐に書状をねじ込み、カイルワーンはカティスに告げた。
「供はいらない。のたれ死にしない程度の路銀だけ持たせて、城外に放り出してくれ」
「それは構わないが……カイルワーン」
 カティスはこの時、呆れたような苦笑を浮かべて、カイルワーンの耳元に唇を寄せた。
「この一連の騒動って、結局はアイラシェールに恋文を送るためだったのか?」
 カティスの揶揄を含んだ言葉を、カイルワーンは一言も否定しなかった。

Page Top